Youtube「刑事弁護人が法務省のQ&Aを斬ってみた!」シリーズ,第6弾です。
こちらのページでは,動画内では解説しきれなかった情報や,より詳細な解説をご覧いただけます。
法務省Q&Aの出典はこちらです。
http://www.moj.go.jp/hisho/kouhou/20200120QandA.htm
動画はこちら。
Q6 日本では,不当に自白が重視されているのではないですか。捜査機関が,長時間にわたる被疑者の取調べをしたり,自白するよう被疑者に強要したりすることは,どのように防止されるのですか。
A6【法務省の回答】憲法第38条には,何人も,自己に不利益な供述は強要されず,強制等による自白は証拠とすることができない旨規定されています。そして,自白が任意になされたかどうかは,捜査機関から独立した裁判所が公正に判断することになります。
また,被疑者には,黙秘権や,立会人なしに弁護人と接見して助言を受ける権利が認められています。
そして,一定の事件については,被疑者の取調べの録音・録画の実施が義務化されていますし,そのほかの事件においても,検察当局においては,多くの事件で,取調べの録音・録画を実施しています。
したがって,日本において自白が不当に重視されているという指摘は当たらず,捜査機関による取調べが適切にされる仕組みが設けられています。
黙秘権は憲法上確かに保障されており、被疑者に対して警察官・検察官が取調べをする際にはその権利を告知しています。
問題なのは、黙秘権を行使することを明示している被疑者に対して、警察官・検察官が密室での取調べを継続することです。個別の質問ごとにではなく、当該事件における取調べ全部に対して黙秘権を包括的に行使することを明示しているのですから、被疑者側がそれを解除し供述の録取を求めた場合以外は、取調べを継続すること自体が黙秘権に対する実質的な侵害だと考えられます。
捜査官には質問をする権利があるなどと説明されることもありますが、当然そのような権利が明示されているわけではありません。黙秘権を行使する被疑者に対して取調べを続け、質問を浴びせ続ける理由は、あわよくば黙秘権を行使させないため以外には考えられません。そして、捜査官の多くは、ただ淡々と質問を投げかけるのではなく、黙秘権を行使することがあたかも裁判所の印象を悪くするかのような誘導をして、供述を得ようとします。黙秘権を行使することをアドバイスした弁護人を非難するようなことを被疑者に言い続ける捜査官もいます。
「黙秘権の保障」は、捜査官にとっては黙秘権の形式的な告知だけで足りると理解されているようであり、形骸化しているといわざるを得ません。
弁護人は、自分の依頼者に当然「助言」をしますが、弁護人が初回接見する前の時点で既に調書まで作成しているケースがほとんどです。ひどいケースでは、弁護人になろうとする弁護士に対して、依頼者の留置場所、取調べを行っている警察署の場所がなかなか明らかにされず、その間に調書が作成されていることもあります。
また、取調べの最中に被疑者が弁護人と相談させてほしいと言っても、それで取調べがすぐに終了することはほぼありません。少なくとも、弁護人が実際に警察署に接見に行くまで、あるいはなにか他の理由で取調べを終了せざるを得なくなるまで、取調べは継続されます。
このような現状は、日本の現在の制度で、逮捕勾留された被疑者には取調べ受忍義務があると解釈されていることにも原因の一端があります。取調べ受忍義務とは、被疑者が取調べ室に連れ出され、警察官や検察官からの追求を受け続けなければならない,というものです。黙秘権があるから供述する義務はない、といいながら、23日間にもわたって、弁護人の同席も一切ない状態で尋問を受け続ける義務があるというのは、実質的には「供述の強要」だといわざるを得ません。
被疑者段階での身体拘束について、罪証隠滅や逃亡を疑うに足りる相当な理由がある場合と要件が設定されていることからも明らかなとおり、取調べをする目的での身体拘束を法は予定していません(刑訴60条、207条)が,高い勾留率からすれば,特に否認事件において,身体拘束が自白獲得の一手段となっていることは否定できないでしょう。
例えば米国では,ミランダ準則というものがあり,取調べに先立って黙秘権,弁護人選任権その他諸説明をしなければなりません。ここまでですと日本と同じようですが,アメリカにおいてはその権利を告知されて被疑者が黙秘権行使を明らかにして取り調べの中止を求めた場合,捜査機関は取調べの中止をしなければならないことになっています。本設問で求められているのは単なる権利の説明でなく,権利が権利として尊重されるような制度設計になっているかどうかではないでしょうか。
また,捜査機関が自白偏重になるのは,裁判所が自白を重視してしまっているという問題は避けて通れません。日本では,被疑者が自白(その他自己に不利益な供述)をした場合,それが任意になされたものであると認められる限りはほぼ自動的にと言っていいほど,証拠として採用されてしまいます。そして,過去に判明した冤罪事件では,その多くで嘘の「自白」がなされており,裁判所が自白の証拠を採用したことが原因の一つとなっていることが次々に明らかになっています。諸外国では,弁護人の援助を受けられないままになされた自白は証拠として利用できないとしていたり,そもそも原則として裁判外の自白を証拠にはできないとしていたりする法制度もあります。もちろん法制度が違うため一概に比較はできませんが,日本でも,裁判外の自白をもっと厳しく見る裁判所が大勢であれば,捜査機関もそこまで無理な取調べを行わないでしょう。法務省の回答は,こうした事象にも目を向けていません。
また、取調べの録音録画の実施についても、決して十分な水準に達しているとは思えません。
検察庁,警察庁は,裁判員裁判対象事件,精神障害等が疑われる事件,検察官独自捜査事件などの被疑者取調べについて録音録画を試行的に実施し,近年,その一部について実質的に録音録画が義務化されました。しかし,事件全体の中で見ればそれはごく僅かであって,すべての事件について録音録画がされる構造とは程遠い状況です(諸外国には,全事件の取調べ録音録画を義務付けている国もあります)。設備的には可能であるのに、捜査機関が一定の事件以外については録音録画の実施を自分たちで決められるということ自体、制度として欠陥があると言わざるを得ません。
さらに、録音録画されたその映像記録媒体が弁護人に開示されるのは、被疑者が起訴された後、証拠開示を弁護人が請求した場合です。捜査段階において、弁護人は、依頼者からの説明でしか捜査機関による取調べの実態を知ることはできません。起訴される前に、取調べの状況を見ながら被疑者に助言をするという弁護活動は不可能です。
このように、このQに対する回答は、形骸化している権利の存在を挙げているだけにすぎず、回答として不適切です。そもそも、「自白偏重ではないか」という自ら設定した問いに対して、取調べの適切さを担保する仕組み(しかも、すでに述べた通りその運用実態は極めて不適切です。)だけを説明しても、答えになっていません。
公判での検察官の態度が自白偏重ではないかと問われれば、間違いなく自白偏重の文化が残っているといえます。
弁護人が、あらかじめ事件の内容について被告人質問で供述を明らかにすると述べているケースでも、本人の自白調書が存在する場合に、検察官からそれが証拠請求されない事件はありません。そして、公判で十分な被告人質問を実施しても、その被告人質問での供述内容と大部分で重複する自白調書の証拠請求を維持して、裁判所に採用を求める検察官は非常に多くいます。被告人質問で被告人から必要な供述を得れば済むにもかかわらず、いまだに捜査段階での供述調書に頼った法廷活動は少なくありません。
次回は,
Q7日本では,なぜ被疑者の取調べに弁護人の立会いが認められないのですか。
です。