刑事弁護人が法務省のQ&Aを斬ってみた!Q10 (迅速な裁判?)

Youtube「刑事弁護人が法務省のQ&Aを斬ってみた!」シリーズ,第10弾です。
こちらのページでは,動画内では解説しきれなかった情報や,より詳細な解説をご覧いただけます。
法務省Q&Aの出典はこちらです。
http://www.moj.go.jp/hisho/kouhou/20200120QandA.htm
動画はこちら。

【法務省の回答】

日本では、憲法第37条で、全ての被告人に迅速な裁判を受ける権利を保障しており、刑事訴訟法で、刑事裁判の充実及び迅速化を図る制度の一つとして公判前整理手続が設けられています。
公判前整理手続は、十分な事前準備を行うことにより、充実した公判審理を継続的、計画的かつ迅速に行うことを可能とするものです。実際、日本における第一審の審理期間(裁判所の受理から処理までの期間)は、先進諸国と比べて長いわけではありません。統計によると、重大な事件や複雑な事件に際して行われることの多い公判前整理手続に付された事件においても、平均の審理期間は約11か月です。
公判終結までに要する期間については、事案や争点の複雑さ、証拠の分量などにより異なります。ただし、検察当局においては、検察官が請求する証拠の早期開示を行ったり、弁護人の証拠開示請求に対して迅速に対応したりするなど、公判手続全体が速やかに進むように、事案の内容に応じて様々な努力をしているものと承知しています。

【我々の回答】

 最高裁判所は、2003年施行の裁判迅速化法律(平成15年法律第107号。以下「迅速化法」といいます。)に基づき、裁判の実施状況を分析した報告書を隔年でまとめています。令和元年7月19日付の報告書によると、平均審理期間は以下の図に示すような状況となっており、その平均審理期間は3.3か月です 。もっとも、当該平均審理期間は、公判前整理手続き に付された事件のみの平均ではないため、法務省が示した「約11か月」よりも、平均審理期間は短くなっています。

 他方、同報告書には、全般的に公判前整理手続が長期化しているとの指摘があり、公判前整理手続に付された人員の平均審理期間(総数)が、前回の検証時(10.4月)より若干長くなっています(11.0月)。また、自白・否認別で見ると、公判前整理手続に付された自白事件の平均審理期間は、前回の検証時(8.0月)より若干短くなっている(7.7月)一方で、公判前整理手続に付された否認事件の平均審理期間は、前回(12.3月)より長くなっています(13.4月)。

 視点を変えて審理期間を見てみると、自白・否認別での平均審理期間の推移については下図のとおりとなっています。ここ10年間、自白事件については、2月台後半でおおむね横ばいとなっていますが、否認事件については、平成27年から若干長期化傾向にあり、前回(8.7月)より0.5月長期化して9.2月となっています。

 このような数値からすると、平均審理期間それ自体は不当に長いとまでは言えないのかもしれません。しかしながら、起訴後第一回公判期日までの間に保釈される被告人は決して多くありません。特に、否認事件であったり、被告人が外国人であったりした場合は、早期に保釈が許可される可能性は低いと言わざるを得ないでしょう。審理期間中の数か月あるいは数年もの間、身柄を拘束され、刑務所と同じと言っても過言ではないような過酷な状況での生活を強いられることになります(Q&A8参照)。被告人が迅速な裁判を受けられないことにより身柄拘束が長引けば、それにより彼ら彼女らは取り返しのつかない不利益を被ることになります。無罪推定の原則の適用を受ける未決拘禁者が、行動の自由を奪われ、仕事を奪われてしまいます。時には、最も大切な家族との面会の機会すら認められないことがありますし、家族そのものを失ってしまうこともあります。本来認められるべき自由や権利を奪われ、出口の見えない裁判が続くことで、被告人は精神的にも肉体的にも疲弊し切ってしまいます。裁判がすべて終わるのは、「その後」です。裁判を受ける前に実質的に刑罰を受けているのと同じ取り扱いを受けることになってしまうのです。
 たとえ法務省の回答のとおり、審理期間が諸外国と比べて長くないとしても、保釈の運用や保釈率までもが諸外国と同じわけではありません。審理期間だけに着目した裁判の迅速化は、本質的な問題を見落とすことになりかねません。
 法務省は「弁護人の証拠開示請求に対して迅速に対応したりするなど」して公判手続が迅速に行われるよう努力していると述べていますが、実際に、弁護人への証拠開示手続が迅速に行われているとは到底思えません。現在の証拠開示手続そのものに審理の長期化を招く要因があるということもできるでしょう。我が国の刑事訴訟は、当事者主義を原則としています。検察官と被告人・弁護人は対等の当事者であることから、双方が十分に証拠を吟味したうえで、主張あるいは立証をしていかなければなりません。刑事裁判において立証責任を負っているのは検察官です。検察官が収集し保管している証拠について、被告人・弁護人側も十分に吟味できなければ、被告人が十分な防御を尽くすことはできないでしょう。現行制度は、証拠開示に一定の要件を設け、弁護人側が証拠開示請求することを要求しています。検察官が要件該当性を検討し、要件に該当すると判断したもののみを証拠開示します。弁護人の主張に関連する証拠があれば、さらに証拠開示請求しなければなりません。このようなプロセスを経ている限り、証拠開示手続そのものが長期化することは避けられないでしょう。弁護側が想像に基づいて開示を求めなければならない側面もあり、重要証拠の開示請求を漏らしてしまう事態に陥ることも考えられます。迅速かつ適正な刑事裁判を実現するためには、証拠の全面開示を認めることが必要なのではないでしょうか。

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