Youtube「刑事弁護人が法務省のQ&Aを斬ってみた!」シリーズ,第7弾です。
こちらのページでは,動画内では解説しきれなかった情報や,より詳細な解説をご覧いただけます。
法務省Q&Aの出典はこちらです。
http://www.moj.go.jp/hisho/kouhou/20200120QandA.htm
動画はこちら。
Q7 日本では,なぜ被疑者の取調べに弁護人の立会いが認められないのですか。
【法務省の回答】被疑者の取調べは適正に行われなければなりません。
憲法第38条には,「被疑者は,自分にとって不利益な供述を強要されず,強制等による自白や不当に長く抑留・拘禁された後の自白を証拠とすることができない」と定められています。さらに,「自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合は,有罪とされない」ことが規定されています。実際,裁判においても,自白が任意になされたものではない疑いがあると判断され,証拠として採用されなかった例もあります。
日本ではまた,制度上,取調べの適正を確保するための様々な方策が採られています。被疑者には,黙秘権や立会人なしに弁護士に接見して助言を受ける権利が認められています。このほかにも,取調べの録音・録画によって,取調べの状況が事後的に検証可能となり,適正を確保することができます。
被疑者の取調べに弁護人が立ち会うことを認めるかについては,刑事法の専門家や法律実務家,有識者などで構成される法制審議会において,約3年間にわたってこれらの問題が議論されました。
そこでの議論では,弁護人が立ち会うことを認めた場合,被疑者から十分な供述が得られなくなることで,事案の真相が解明されなくなるなど,取調べの機能を大幅に減退させるおそれが大きく,そのような事態は被害者や事案の真相解明を望む国民の理解を得られないなどの意見が示されたため,弁護人の立会いを導入しないこととされた経緯があります。
こうした議論を経て,取調べの適正さを確保する方法の一つとして,取調べの録音・録画制度が導入されました。
【我々の回答】
裁判所が、自白について任意性を否定した例があることはその通りです。しかし、その教訓が捜査機関によって生かされているかという点には疑問を感じます。
Q6の解説でも述べた通り、黙秘権の保障は形骸化していると言わざるを得ません。弁護人が「助言」をできるということを取調べの適正さの担保として挙げている点も不適切です。
我々弁護人が捜査段階でできるのは、見ることも立ち会うこともできない取調べの状況を予測し、捜査機関が持っているであろう資料の内容を予測し、捜査機関が描いているであろう事件の全体像を予測し、その上で、自分の依頼者を捜査官の前に一人で座らせて供述をさせるべきかどうか、という判断だけです。よほど特殊な事件でない限り、そのような状況下で、自信をもって依頼者に供述させるアドバイスをできる弁護人はいないはずです。弁護人は、黙秘権という憲法上の権利のみを盾にして、捜査機関の取調べにさらされる依頼者を守ることしかできません。取調べにどう対処すべきか、その取調べが適正かどうかを判断する材料が、そもそも与えられていないからです。
このように、弁護人による「助言」の実効性が確保されているとは到底いえません。「助言」というのは、相手からの問いかけやその根拠となる資料を把握して、それに対して個別にどう答えるかを検討し、伝えるという意味です。取調べの状況も把握できない弁護人が、実質的な助言をできるはずがありません。
取調べにおける供述の強要等を防止するためには、黙秘権の実質的な保障、すなわち、被疑者が捜査機関からの圧力を受けず、弁護人からの適切な助言を受けながら自由に黙秘権を行使できる状況の確保が必要です。
弁護人の立会権をかたくなに認めないわが国の法制度に対しては、国際社会からも懸念が寄せられています。
自由権規約委員会は、2008年10月、日本政府の定期報告の内容を審査した総括所見において、真実を明らかにするよう被疑者を説得するという取調べの機能を阻害するとの理由で取調べにおける弁護人の立会いが認められていないことについて懸念を表明し、自由権規約第14条が保障する被疑者の権利を保障するために全ての被疑者に弁護人が取調べに立ち会う権利を保障すべきであると勧告しています。
また、2014年7月には、逮捕時から弁護人を依頼する権利を保障することのほか、弁護人が取調べに立ち会うことを保障するよう日本政府に求めています。
さらには、拷問禁止委員会からも、2013年5月、日本の刑事司法制度が、弁護人が不在のまま代用監獄に収容中に得られた自白に大きく依拠していることや、全ての取調べにおいて弁護人の立会いが義務付けられていないことについての懸念が表明されています(「弁護人を取調べに立ち会わせる権利の明定を求める意見書(2018年4月13日)」参照。)
諸外国においても、ミランダ判決が示した法則が憲法上の法則であると判断されている(Dickerson v. United States, 530 U.S. 428 (2000))アメリカ合衆国のみならず、ヨーロッパ諸国(2013年に、取調べに弁護人の立会いを求める権利を保障するEU指令を採択)、韓国(2007年に刑訴法で規定)、台湾(弁護人の立会い自体は1982年に刑訴法で規定)などでも弁護人の立会権が保障されています。
日本の刑事司法が人権保障機能の点で諸外国に遅れているという批判は、具体的な根拠に基くものであり、早急な是正が必要でしょう。
また、このQ7の回答の中では、取調べの立会いに関する法制審での議論状況についても触れられています。しかし、たった3年の議論で議論が尽くされたかのような表現には疑問を感じます。
そもそも、取調べへの弁護士の立会いは、古くは戦後から議論され、1970年代には日弁連で法改正を求める動きがあったとされています。
弁護人の取調べへの立会いについては、犯罪捜査規範においてもその可能性を前提とする規定も置かれています。
第百八十条 供述調書の作成に当たつては、警察官その他適当な者に記録その他の補助をさせることができる。この場合においては、その供述調書に補助をした者の署名押印を求めなければならない。
2 取調べを行うに当たつて弁護人その他適当と認められる者を立ち会わせたときは、その供述調書に立会人の署名押印を求めなければならない。
近年では、平成22年から平成23年にかけて実施された検察の在り方検討会議で、取調べの弁護人立会権について意見提案がされました(『検察の再生に向けて(検察の在り方検討会議提言)』)。その後、平成23年からの法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」でも議題として提案されていました(議論の対象にはなりませんでした)。法務省の回答は、この際の法制審での議論状況が紹介されているものと思われます。
しかし、先に述べたような黙秘権の実質的保障の必要性や、諸外国の法制度の現状からすれば、この問題はこれから早急に議論を深めていかなければならない分野であることは明らかです。「以前にも議論がされたことがある」という回答だけで今後の議論の必要性を遮断しようとする法務省の回答は、あまりに不誠実だというべきです。
さらに、法務省の回答では、法制審議会において、「被疑者から十分な供述が得られなくなることで,事案の真相が解明されなくなるなど,取調べの機能を大幅に減退させるおそれが大きく,そのような事態は被害者や事案の真相解明を望む国民の理解を得られない」という意見が出ていたことも、取調べ立会権の導入に消極的な事情として紹介されています。
私たちからすれば、このような見解が出てきて、しかもそれが支持すべきものかのように紹介されていることこそが、「取調べ、自白偏重の捜査」がなされていることの証拠だと考えます。被疑者の供述がないと解明されない様なレベルの捜査結果で、国家が人を有罪だと判断することは許されないはずです。
そして、「国民の理解」という点についても、仮に法務省が考えているようにそのような「国民の理解」「国民感情」があるのだとすれば、そのような国民感情自体も正していかなければならないはずです。
これまで、強引な取調べによって、えん罪事件が生じてきました※。また、犯罪を起こしたことは間違いない場合であったとしても、強引な取調べによって、過剰に罪を被せられることもあります。
黙秘権の行使は、被疑者・被告人、私たち市民が不当に訴追されることや有罪判決を受けることを防ぐためにも大事なことです。
この設問に対する法務省の回答は、「録音・録画の制度は導入したし、立会いについては必要がないという意見もあったから」ということに帰着しています。
今の日本の制度で、被疑者・被告人の実質的な権利保障が図られているといえるか、諸外国と比べて明らかに不十分な制度であることについて正当性が担保できるだけの説明ができているか、これらの疑問について真摯に検討していくという姿勢に欠けていると強く感じます。
※ 足利事件、布川事件、六甲山事件など。